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月の子は産まれてからずっと、みはらし台より種をまいて、みんなを見てきた。何よりの楽しみは、地上のところどころで見える、しあわせの花畑。そこには、いろいろな花がさいた。大きい花や小さい花、ハートや星型の花、百枚も花びらのある花。だけど、この頃はかれてばかり。
「パンジャを呼んで!」
月の子は、おつきのトギスに言うと、トギスはうなづいて、部屋のおくへ消えた。
しばらくすると、おくから背が二メートルはある、やせっぽちでほほがこけた男が、にこにこして出てきた。
男は右のこぶしをにぎり、こめかみから下ろし、両手の人さし指を向かい合わせて、曲げる仕草をした。(おはよう)
「おはよう、パンジャ。まあ、べつにどうってことはないんだけど。なんかさ、みはらし台へ行け行けうるさくて。今日もトギスが、『みはらし台でお願いできないかな?』って言ってきてさ。」
月の子はトギスのくちまねをして、いつものようにグチグチと言い出した。
パンジャは、いつものように、それをにっこりと聞いている。
「だって、前はもっときれいだったでしょ。お花畑って。」
パンジャは、右手の人さし指と親指をのばして、半回転させながら、右から左へ動かし、そのあと、両手の指先をくっつけてひねった。(いろいろな色)
うんうん、と月の子はうなづいている。
パンジャはしゃべれない。そのため両手を使って会話をする。月の子も少しずつその仕草を覚えてきた。
パンジャは、月の子が産まれたその日に、ふらりとここへやって来た。今ではすっかり、何か起きるたびに、パンジャを呼んで、と言うのだ。
「もう、そんなお花畑は見れないのかな。」
月の子はため息をついて言った。ぼんやりと光りながら。
トギスとホトは、目をよりめにして、みはらし台から下をのぞきこんでいる。月の子以外は、目をよりめにしないと、しあわせの花を見ることができない。 「花、すくねなあ、ぽづりぽづりだげ。ちいせえのばっかだす。」
「たねをまいてるのにな。」
そう言ってトギスはホトのほうを見た。
「ハハハハ、よりめんまま、こっちさ見んなよ、笑ってすまうだべ。」
「き、君にだけは言われたくないな。」
トギスは、少しはずかしそうに言った。
「あ〜あ、どうなるんだべな、これがら。」
ホトはみはらし台に腰かけ、足をぶらぶらさせている。
「なるようにしかならないが、われわれには、みんなのことを見ることはできないし、まあ、見たくもないことが多いのかもな。」
「そりゃそうだげんど、月の光さ、ねぐなってもいいのがそれで。」
「しょうがないけど、そういうものだよ。」
トギスは少しさみしそうに言った。
「おめは、いっつもだげんど、冷めでっからなあ。」
ホトは、よりめのまま、トギスを見て言った。トギスは笑いをこらえながら、
「君は種をまくとき、もう少し散らしてまいたほうがいい。もらう人が不公平じゃないかな。」
トギスが少しいじわるっぽく言うと、
「へえ、んだが。ではおめは、種が余ってもなげねで、全部おらのように、ばらまいだほうがいいぞ。もったいねがらな。」
ホトはにやにやしながら言っていたが、急にまじめな顔になり、
「んで、何があったんが?」
と小さな声で聞いた。トギスも小さな声で答えた。
「ああ、月の子が、少しずつうすくなってる気がするんだ。」
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