その日も憂鬱な日になった。
マルセウは銃で殺されたらしい。
そんな噂を耳にした。小さな街の普通の若者だ。
どうやら何かの盗品を奪い合って殺されたらしい。よくある噂だ。ただ、知っている若者だ。友人たちは今日の天気を話すようにマルセウが殺されたと話している。
マルセウのことはほとんど知らない。
一度会っただけだ。それも二日前に。
その日は憂鬱な一日だった。
家族と喧嘩して落ち込んでいた。問題は絶えない、と考えてしまう。
解決しない、と考えてしまう。憂鬱だ。
夜、一人で公園へ行った。今にも朽ちそうな木製のベンチに座り、最新のウォークマンでグリーンデイをガンガンに聞いていた。
危険な行為だ。ブラジルで、一人、公園、夜。何をされても文句は言えない。
でもそれほど憂鬱さは身体に満ち満ちていた。
たまに通る人がチラチラ見ていく。人けも少なくなってくる。
静かな時間になった。夜も更けてきた。わずかな電灯がチカチカしている。
ウォークマンがA面からB面へ変わる瞬間、静かな時間、遠くで銃声が聞こえた。一発で銃声と分かるそんな音。
一瞬で現実へ戻された。
怖い、という感情が出てきた。でも憂鬱と戦っていようだ。
ポケットに入れておいたお金を靴下に入れた。
目の前には若い男が立っている。いつからだろう。靴下にお金を入れた後だろうか。
考えながら、その若い男の顔を見る。同じ年くらいだろうか、痩せているが、目が大きく意思を感じる。
お互い顔を見あっている。
銃を出すならこのタイミングだろう、などと冷静に考えていると、
若者は手を出してきた。少し高い声で「タバコをくれ」とポルトガル語で話してきた。少し拍子抜けしたと同時に、そのフレンドリーさに少し笑ってしまった。
セブンスターを一本あげた。「オブリガード」と言うと、若者は去って行った。
後姿を見送ると、白いシャツとジーンズの隙間からチラチラと銃と思わしき物が見える。若者の先には仲間らしき男が2人いる。
私はセブンスターに火を付けた。少し手が震えているようだ。
しばらくするとまたその若者が一人で来た。
少し身構える。若者は言う。「もう一本くれ」。少し拍子抜けした。
「うまいなこれ、日本のタバコか」若者は続ける。
私は残り5本くらいのセブンスターを箱ごとあげた。
怖いというよりは嬉しい気持ちだった。日本のなんでもいいが褒められるとやはり気分がいい。
若者はセブンスターを手に取り、微笑んでいる。
若者はポケットに手を入れ、見たことのない数本入っているタバコらしきものを取り出して目の前に出してきた。
交換、ということだろう。
オブリガード。
若者はマルセウと名乗り、この公園にはいつもいると言って仲間の方へ行った。
若者たちは何かを確認したようにすぐに消えた。
私は少し憂鬱から解放され、公園を後にした。
次の次の日だ。
盗品を奪い合って、マルセウは撃たれた。
マルセウは撃ってないのだろうな。分からないが、そんな気がする。
憂鬱な日だ。
セブンスターに火を付けた。
もらったタバコには手を出せずにいる。