仮2

you regend!

認知症のTさん

Tさんは、はっきりものを言う女性だ。

あの人は嫌い。あの人はいい。

これは好き。これは嫌い。

なんか臭いね。とてもいい匂い。

 

Tさんは認知症だ。

中核症状のなかでも記憶障害がある。周辺症状BPSDとしては妄想、暴言、不安うつなどがあるようだった。

と言っても激しいものではない。たまに夜中、「今日ご飯食べてないわよ。」「今日変な男の人が来たのよ。」「わたしはいつ病院へ行くの。」「昨日手術したのよ、お腹が痛いの。」など話されるくらいだ。

 

日中はとくに穏やかだ。「はい、こんにちは。」「今日はいい天気ね。」「なんだかお腹が空いてきたわ。」などだ。

80代でまだ施設の中では若手のほうだ。

はっきりものを言うし、若手ではあるが、みんな一目置いている女性。

 

「Tさんには敵わないなあ。」

「Tさん、よく知ってますね。」

「どうも、こんにちは。Tさん。」

 

いつもちょっと高めの洋服を着ている。聞いたことあるブランド物もある。

そういえば言葉遣いも上品に感じる。

都会で働いていたそうだ。

バリバリのキャリアウーマンと言う感じ。

生涯、独り者。

 

ありがたいことに、私は好かれていたようだった。

「今日はいるのね、良かった。」「明日はいらっしゃる?」などお声がけいただける。

 

あまりご自分の過去をお話しにならない。

フェイスシートにも情報は少なめだ。

ご自分でも「いろいろあったからね」と言って話がらない。

 

ある夏の蒸し暑い夜のこと。

深夜1時頃、部屋から車いすで出てこられた。

「Tさん、どうされました?おトイレですか?」と尋ねると、「ううん、ちょっとあなたと話したくて、」と仰る。

そんなことは1年くらいの中でも初めてのことだし、ケース記録にも今までなかったものだった。

 

「飲み物を入れてきますね。ちょっと待っててください。」

「ありがとう、なんでもいいわよ。」

 

Tさんは甘いものが大好き。

ちょっとしたおやつと冷たいものをお出しする。

 

「わたしね、生まれは、、 

おしごとは、、

結婚はね、、

そのあとはね、、」

 

Tさんはご自分の出生から現在までを語り始めた。

時間にすると30分くらい。熱心に、でもはにかんで話されていた。

 

「ごちそうさま。話を聞いてくれてありがとう。

もう寝るわ。じゃあね。」

 

素晴らしい人生だ。順風満帆ではないが、山あり谷ありの人生。

正直、内容よりもその表情が忘れられない。そのはにかんだその表情。

 

それから一週間後だった。突然苦しみだして、やがて心肺停止。

心肺蘇生空しく帰らぬ人へ。

 

その場にいなかったことが悔やまれる。

Tさんは最後、「もういいの、苦しいから、もういいの」と言っていたそうだ。

 

心不全ではあったが、落ち着いていたのに。診察も受けていたのに。どうして。。

何だかいろいろ悔やまれる。皆さんも一様にそのようだった。

 

しばらく経った。

部屋には新しい方が入居されている。

また何もなかったような日常が繰り返されている。

 

たまに想い出す、あのはにかんだ表情。

話しの内容はあまり覚えていないが。

 

あ、一つ思い出した。こう言っていたと思う。

「もういいのよ。もういいの。思い残すことは何もないわ。」