ブラジルにいた頃、
ホームステイ先の家では、でかい犬を飼っていました。犬種は分かりません。
でかい犬でした。
「リュウ」という名前の若いかっこいい犬でした。
毎日ご飯をあげてるうちにすっかり慣れてきて、しっぽをフリフリして駆け寄って来てくれます。
名前を呼べば来るし、「おすわり」や「待て」もできるようになりました。
ある日、そんなリュウが突然取り乱しているのです。
ホームステイ先は家の周りにぐるりと高い壁があって、その壁と家の間がリュウの住まい&移動スペースになっているのですが、どうやらそこに普段はいない、猫が入り込んでしまったようなのです。
普段は高い壁に囲まれているので、壁の上を猫が移動することはありますが、壁の内側に猫が入り込むことはありません。
おそらく壁から落ちたのでしょう。リュウは顔が見る見る変貌し、猫を追います。いままで見たことのない顔で見たことない速さで猫を追います。
猫も凄まじい速さでフェイントを掛けながら逃げます。お互い世紀末のような鳴き声を巻き散らしながら。
猫も必死に引っ搔きます。ですが犬には敵いません。大きい犬なのです。でも犬の額に大きな傷を付けることに成功しました。血が顔を垂れます。
それでもいつか猫ののど元に犬の牙が届きます。そして、その時が来ました。
犬は牙を離しません。猫は鳴き声が漏れています。
呆然と見ていたが、ハッと我に返り、「リュウ!!」と低く大きな声で叫びました。外に飛び出て、近寄ります。猫も犬も野生のその目をしています。
一瞬躊躇しましたが、すぐにもう一度「リュウ!!」と低い声を出しながら犬の口の中に手を入れ、両手で口を開けるように力を入れました。
わずかに緩んだ時に猫がボトっと地面に落ちました。
「リュウ、リュウ!」と呼び掛けながら落ち着かせました。徐々にリュウは落ち着きを取り戻していきました。目もだんだんといつもの目に戻っていきます。
猫の方を見ると、何とか立ち上がり、玄関の方へ向かって必死に歩いています。
リュウはもう落ち着き、遠くから猫を見ているだけで動こうとはしません。
玄関扉へ向かい、鍵を開けて猫を外へ促しました。猫に近づこうとすると、牙を剥いて威嚇します。
猫は扉を出て階段を倒れそうになりながらも降りていきました。
ですが、途中で力尽き、倒れました。
まだ息はあります。
近づいて声を掛けます。触ろうとすると、必死に威嚇をしようとします。
息がゆっくり止まりました。
見た目の出血の量はわずかですが、静かに心臓が止まりました。
咄嗟に心臓マッサージをしました。
親指を当て、ピンポイントで。
心臓が動き出します。呼吸もあります。猫はすぐに威嚇しようとします。
ですが、10秒足らずで心臓が止まります。
「がんばれ!」と何度か繰り返します。
非常に、苦しそうです。何度目か、それ以上は手が動きませんでした。
猫は死にました。
当時のこの街では、そこら中で犬に殺された猫がいました。
ただ、死んでいるのを見るのと、死んでいくのを見るのではまったく違いました。
猫を近くの丘に連れて行き、掘って埋めました。棒を立てて祈りました。
後にそこに日本から持って行った「ひまわりの種」を撒きました。
毎年そこにひまわりが咲いていたらと、なんとなく想像し、なんとなく区切りを付けることにしました。